たんけんたん

 

しんこう

 

忘れもしない8月25日に街頭で「祈りの踊り」を見たときから、頭のなかのネジは少し緩んだか、締めつけられすぎて折れたかしたような気がしてならない。手から手、舞う襤褸から手がにょきにょき。次々に投げ込まれるオヒネリ、あっ。たまに観客の頭をぶつ。観客、拾って下手投げで中に向かってポいっ。コンクリートと小銭の接触音。じゃりんじゃりん。紅い褌はこのようにして穿くものか!地元のテレビ局、テレビカメラ二台。鋭い「祈り」のまなざしは、レンズ越しの彼氏の眼も射抜いていたに違いない。男の額に脂汗。手に汗、握る。あっけにとられ、夢中になり、集中!集中!集中!が溶けない、札幌の真ん中で。

観客の輪が散り散りにほどけてもなお、その場をまともに動くことができず、すぐ後ろにあったチェーン喫茶の前のベンチになだれ込み、泣きじゃくった。雑踏の中で成人男子がわわわと泣くのがどんなにか想像して恥ずかしくない訳はなかったから、そんな自分を演じていた訳ではない。ないのだけれど、生まれて初めて「腰を抜かす」経験を文字通りして、そのことにもまた恥ずかしながら唖然とした。会場行きで使った緑のランドナーには跨ることすらままならず、押して帰ることもできず、いや正確にいうならば、押して歩こうとしても足が縺れてよたよたと数メートル進むと転んでしまう。老いた彼は齢80過ぎて、自分はまだ四半世紀だぞ?気合を入れろよ!と自転車放って念じても腰に力が入らない。そんな調子でひいひい言いながら、一緒に来ていた恋人に肩を借りて、なんとか休み休み、嗚咽を漏らし漏らし、途中のベンチとか花壇の縁で休んでは呼吸を整えて、最後には「たくシー!たくしー!!」などとわめきちらしてなんとか車に乗せてもらい、安普請のハウスまで帰った。

髭面の顔面は涙と鼻水でぐちょぐちょだったけれど、持っていた赤い布切れで拭い拭いして車に乗せられていた。ちなみに、このとき赤い布は元々腰に下げていた手拭いだったのだけれど、演目中オヒネリを作るために引き裂いてしまったばかりに、手ぬぐいが細いぼろ布になってしまっていたのだった。

それから少し間があって、件の恋人と今までにない不満と違和を感じた日があった。死んだ親父が短気のDV男だった時期があるせいか、私は人並みに怒(いか)ることができない。結局、黙々と家の中の本棚から本を出したりしまったり、しまったり出したり、大規模に登山道具を整頓しだすことでしか態度の表明ができなかった。結局、犬も食えねえナントカ喧嘩を売ることも、買うこともなく、結局、ぷっつりと何かがキレた頭は一人で真夜中の石狩街道をオンボロの中古軽バンで北へ飛ばした。

道すがら、親父の吸っていた気がする銘柄のタバコと、ワンカップと缶チューハイと、なぜか金の匂いがプンプンする特集(今って、そういう時代なんでしょうか)の週刊誌をセブンイレブンで仕入れて、国道沿いにでかでかと掲げられたピンクの看板目指してアクセルを踏み続けた。なぜか、看板に出ている老舗のラブホテルに入るのを一度躊躇い、その手前に鎮座まします些か洒落た方のホテルの裏手に車を止めた。

ロビーは中年グループが女子会の為に部屋が空くのを待っていて、40分待ち。とタッチパネルがお知らせしてくれていた。待てない。というよりもなにか、どうしても自分の感情が、雰囲気に似合わない。とにかくそのホテルには縁が無かったことにして、もう一度当初目指したホテル向けてUターンを切った。これがスポーツカーならカッコも付いたのかもしれないが、ギシギシと音を立てる我がミニキャブは、配達先を間違えた作業員にしか見えなかっただろう。

敗れたテントの切れ端が垂れ下がる車庫に車を付けて階段を上ると、オバケみたいな男の電子音が「いらっしゃいませ」と迎え入れてくれる。同時に、がちゃり、と後ろの扉の鍵が閉まって、自分を人質に取った立て籠もりが始まった。双子の女の子が廊下の奥に手をつないで立っていそうな赤い布張りの階段をひたりひたりと上っていき、ビビりながら部屋に迎え入れられると、すぐに目の前にあったソファーに深く腰を下ろした。タバコをふかしながら自分の意識に夢中になりすぎて、隣の部屋から喘ぎ声が聞こえていたかどうかなんて、今はもう思い出せない。今まで思い出さないように、というか、記憶の墓んなかに埋葬したままでいたうろ覚えの「父親像」なるものを頭に思い浮かべては煙草に火をつけたり、酒を飲んだり飲まなかったりしているうちになんだかすべてがわからなくなってきて、とにかく部屋の中をくるりくるりと周回した。右の頭のほうをやや斜め下にして、くるりくるりと備え付けの、膝の高さのテーブルの周りを時計回りにまわっていた。鏡に映った自分を見つめ続けたら自分の姿がわからなくなって、バスタブのチェーンがとぐろを巻いているのに清掃員の小粋さに感謝したり、布団の中でうずくまったり、大の字になって涙を流したりしてみても、朝は来てくれなかった。部屋の音という音に耳を澄ませて、音のなるほうにぺたぺたと歩み寄っては水洗便所の蓋を開けて水のしたたる様子をみつめていたり、角の埃を手で拭ったりしているうちに、一睡もできなかった。

何度も親父に持っていかれそうになったから、何度も自分の手を握り合って、祈りは、していたような気がする。

そうしているうちに頭の中のネジが、静かに回り、錆びた溝でゴリゴリと音がするのを聞いた気もした。サビは左耳の穴からコロリと、丸二日飯がのどを通らずにゴロゴロして迎えた次の夜に、白い塊となって転がり落ちてきた。大袈裟かもしれないが、涙も枯れて、掴んだ髪の毛がわしわしと抜け落ちた夜だった。

今でもその古びたホテルの名前を印字したピンク色のライターが、下宿先の部屋に転がっているというのだから夢ではないのだなあ。

今も車のエンジン音が怖い。



「褐変」

作詞・作曲:五十嵐宥樹 Key:Em

塩で 防ぐ
塩で 褐変を防ぐ

塩化ナトリウムが
酸化を抑制しているんだろう

アア アア

昨日残した 最後のリンゴが
少し萎びて いろを変えていた


 
 

《プロフィール》

いがらしゆうき【五十嵐宥樹】北大探検部出身。1994年福島県生まれ。大学院生。2013年に探検部に入部して親を泣かせる。現在はミャンマーのカレン州をフィールドに活動する。来るべき探検に備えて日々たんけん中。

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